大学生が”大学生''について真剣に考える。
どうも、大学4年生の「しゆう」です。
このブログでは”大学生”に向けた記事を多く書いています。
しかし、”大学生”と一口に言っても多種多様な学生がいて、例えば、高学歴な大学生から低学歴な大学生まで様々です。
じゃあ、大学生って一体何のか?こう聞かれたらパッと答えるのがなかなか難しいのではないでしょうか。
そこで、”大学生”とは何のかを考えていきましょう。
”大学生”とは何か?
”大学生”という字
最初に”大学生”という字に着目してみましょう。
”大学生”をネットで調べてみました。
大学生
大学の学生。
出典:大学生(ダイガクセイ)とは - コトバンク
大学の学生。そのままですね。
これではちょっとわからないので、「大・学・生」に分けてみてみましょう。
だい【大】
1 形・規模・数量などの大きいこと。また、そのさま。「声を大にする」⇔小
2 程度のはなはだしいこと。また、そのさま。「責任は大である」
3 その社会で水準以上にすぐれていること。盛んなこと。りっぱなこと。また、そのさま。
4 「大の月」に同じ。⇔小。
7 「大学」の略。「小・中・高・大」
8 物を表す語の下に付いて、それとほぼ同じ大きさであることを表す。「こぶし大の石」「実物大の像」
9 名詞・形容動詞に付いて接頭語的に用いる。
出典:大(オオ)とは - コトバンク
「大」1文字で大学の略になるようですね。
がく【学】
1 学ぶこと。学問。「学 にいそしむ」
2 学識。知識。「学 がある」
出典:学(ガク)とは - コトバンク
せい【生】
1 生きていること。「生 と死の分かれ目」⇔死。
2 生命。いのち。「この世に生 をうける」「生 なきもの」
3 毎日の暮らし。生活。「充実した生 を送る」
出典:生(しょう)とは - コトバンク
以上のことをまとめると、
学ぶことに盛んな毎日の暮らし、ということになります。
道端を歩いている大学生を見つけた時は、「学ぶことに盛んな毎日の暮らしが歩いている!」と思えば間違いないですね。
最高学府としての大学を考える
大学
高等教育の中核をなす教育機関。学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究することなどを目的とする。
出典:大学(だいがく)とは - コトバンク
大学は教育機関であり、より深い学術を学ぶところです。
最高学府ともいわれ、全国に779の大学があります。(平成27年時点)
このことから、大学生は全国津々浦々の最高学府に通い、学術研究に勤しむ学生と呼べるでしょう。
そして大学は教育を受ける所ではなく、自ら学ぶ場です。
今でこそ日本の若者の大体2人に1人は進学していますが、国や時代によっては一部の秀才を集め、学びを得るための教育機関でした。
就職から見る”大学生”
現代の大学を見ると、「就職予備校化」と言われています。
なぜかというと、就職のための「大卒」という資格を欲する学生が多く、学術研究だけをするために通う学生が少ないためです。
もし、学生の大多数が研究をするために大学に通っているのであれば、これだけインターンがあちこちで開催されることはなく、卒論完成の1年前から一斉に就活をするわけがありません。
多くの学生にとって、大学のゴールは「優良企業への就職」であり、むしろ4年間の猶予期間と捉えているかもしれません。
すなわち、大学に通う多くの学生は、就職のための切符を貰いに行く学生となります。
大学生から見た”大学生”
とんちんかんなことを書きますが、大学生の本分は遊ぶこと。特に文系学部の学生は当てはまると思います。
僕も大学生として大学に入学し、勉学に打ち込むことよりも、遊びやバイトの時間の方がはるかに長かった為です。
そうであるなら、研究機関という本来のあり方からは外れてきます。
では、同じ大学生として”大学生”は何なのか?
それは、モラトリアムを謳歌する学生です。
18歳を超えたいい大人が、4年間という時間で現実から目を背けて遊ぶのです。
大学生という世間から認められた存在で、公に自由を謳歌できるのはこの期間だけ、と考えているからかもしれません。
教育機関として見る”大学生”
上でも書きましたが、大学は本来学術を研究する場です。
しかし、時代の流れと共に大学は移り変わり、「研究・教育・サービス」の3つの側面があると考えられます。
研究・教育については本来通りです。
サービスに関しては、大学が一部の秀才を集めるものではなく、もっと大衆化した大学としての存在を表しています。
つまり、Fラン大学のカタカナ学部に代表されるような、専門学校同然の学習内容。それから名前を書けば受かってしまう大学の増加。あきらかに以前より身近な存在になったのではないかと思います。
しかも就職支援から、学業の相談や心の相談まで、大学1つで全て行っているのです。
大学が学問を学ぶ場ではなく、教育を行う場になった、と言えるのではないでしょうか。
事実、進学率を売りにしてる大学もありますし、学生を商品と捉えていてもおかしくないでしょう。
ということは、今の大学生は「お客様大学生」と呼ばれても不思議ではありません。
まとめ
”大学生”は、「就職のための切符を貰いに行く為に学術研究に勤しみ、毎日学びながらモラトリアムを謳歌するお客様」です。
大学生が何者であるのかわかりましたね。
全ての大学生に当てはまっているとは言いません。
しかし、これだけ大学が乱立し、「周りが大学に行くから自分も行く」と考えている学生が増えているので、間違いでもないと思います。
もし、うるさい大学生がいたら、「”就職のための切符を貰いに行く為に学術研究に勤しみ、毎日学びながらモラトリアムを謳歌するお客様”のお通りだ。」とでも思っておけば少しは心が安らかになるかもしれません。